
目次

名古屋出張を終えて、そのままで帰るのは惜しい。そう思って郡上八幡で途中下車した。いや、最初からそう決めていたわけではなくて、出張の最後の朝、ホテルの窓から外を眺めていたら、ふと「どこかへ寄り道したい」という気持ちが湧いてきたのである。50代になると、急ぐ理由がだんだん少なくなる。その時間から旅が始まった。郡上八幡から下呂温泉へ。ふたつの城下町で、水の音を聞きながら歩いた。
出張帰りに郡上八幡へ立ち寄る
名古屋での出張が終わったのは午前十一時。通常なら昼の新幹線で帰るコース。でも列車の時間を見やると、ここから郡上八幡に寄るのも十分に可能だ。そう気づいた時点で、僕の行き先は決まった。郡上八幡駅に着いたのは午後一時過ぎ。駅舎を出ると、まず目に飛び込んでくるのは町そのものが水に囲まれているという不思議な感覚である。水路が街の至るところを走っている。これが郡上八幡の最大の特徴なんだと、その時初めて本気で理解した。七月の陽が斜め上から降り注ぐ中、駅から城下町へ向かう通りを歩く。湿度が高いが、いくつかの水路の脇を通るたびに、わずかな涼しさが肌をさすってくる。もう何度も訪れている道だというのに、季節や時刻によってこんなに表情が変わるのか、と妙に感心してしまった。

水音が心地よい。やなか水のこみちを歩く
町並みが変わり始める。やなか水のこみちという、古い町屋が立ち並ぶ通りに入った。白壁と黒い木格子の家々。その間を縫うように水が流れている。水音がいい。ちょろちょろという水の流れの音。これが耳に心地よくて、自然と足が遅くなる。一軒の醸造所の前で立ち止まってみたり、土産物屋の暖簾をくぐってみたり。そういう寄り道が出張帰りの旅にはぴったりだ。七月の日中だから観光客も多くはない。むしろ住んでいる人たちの生活が垣間見える瞬間さえある。洗濯物が干してあったり、玄関先に植木鉢が並んでいたり。そういった些細な営みが、郡上八幡という町に生命感を与えているんだと思う。

宗祇水で冷たさを感じる
宗祇水という名水を求めて、さらに奥へ進む。小さな水場だが、清冽な水が湧き出ている。柄杓が備えてあって、何人かの観光客が飲んでいる。僕も一杯をすすってみた。冷たい。本当に冷たい。七月の照りつける日中に、こんなところでこんな水が飲める。考えてみると実にけっこうなことである。水を飲んでから、町を出るまでの時間は一層ゆっくり流れた。もう帰りの列車のことなど、ほぼ脳から消えていた。

下呂温泉・小川屋への到着
郡上八幡を後にして、列車で下呂温泉へ移動した。夕方五時に温泉街へ到着。チェックインを済ませたのは六時。温泉街の中程にある小川屋という宿だ。建築年は古いが、中はきちんと整備されている。浴衣を羽織ってから、夕食前のわずかな時間を使って温泉街を歩くことにした。噴泉池という露天風呂が、温泉街の一角にあるらしい。足湯もそこにあると聞いた。歩いてみる。飛騨川の土手から温泉街を眺める。七月の夕方五時半。日はまだ高い。下呂温泉は合掌村のような劇的な見た目ではないが、こういった普通の温泉街のたたずまいが、かえって落ち着きを感じさせる。 → 小川屋の詳細はこちら

飛騨川の朝散歩,川の流れとともに
翌朝。五時半に起床。朝風呂を浴びてから、飛騨川沿いの散歩へ出た。この季節、陽が昇るのは早い。既に川の流れが明るく見える。宿から少し下流へ歩くと、ベンチがいくつか置いてある河畔公園のような場所がある。そこに腰を落ち着けて、飛騨川の流れをただ見つめる。川底の石が見える。透明度の高い水が、朝日を受けてキラキラと光っている。こうして誰にも邪魔されず、朝の河原で一人の時間を過ごす。これが50代一人旅の醍醐味だと思う。急がなくていい。誰かの予定に合わせる必要もない。ただ朝日が昇ってくるのを待ちながら、川の流れを感じているだけで十分。

足湯で感じる,静かな温泉街の時間
小川屋での朝食は七時半。食事を終えて再び街へ出た。下呂温泉街散策のメインイベント。噴泉池の周りを歩く。温泉の湯気がもうもうと立ち上っている。足湯の湯が透明で、底の砂の色が見える。数人が足を浸しながら、黙ってそこに座っている。僕も足を浸した。湯が少し熱めだ。七月の朝だというのに、この温度。地熱というのは何ともすごい力を持っているんだと、足先で感じる。静かな温泉街のこの時間帯だからこそ、こうした細かな感覚が研ぎ澄まされるのだろう。

無理なく楽しむヒント
七月の郡上八幡から下呂温泉は、観光客がやや増える季節だが、早朝や夜間なら静かに町歩きができる。郡上八幡は駅から城下町までの時間が短いので、出張帰りの一時間から二時間程度でも十分に散策を楽しめる。下呂温泉では朝散歩がおすすめ。飛騨川沿いはベンチもあり、朝日を浴びながらゆっくり過ごせる。小川屋は温泉街の中程にあるため、散歩の拠点として使いやすい。足湯は常に開放されているため、好きなときに立ち寄れるのが便利。懐中電灯があると、夜間の散策がより安全である。
大人旅のひとこと


















