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黒部峡谷には、昔、行ったことがあります。
妻の両親(義両親)と、夫婦で。子供が生まれる前の秋でした。
まだ北陸新幹線が開通する前の話です。
写真は残っていません。細かいことも、だいぶ忘れました。
それでも、景色の凄さと、そのあとに感じたことは、今もはっきり覚えています。
名古屋からバスで、とにかく遠かった
当時は北陸新幹線がなくて、名古屋から行く私たちは、まず山のふもとまでバスで向かいました。
そこから先は、色々乗り換えました。
どこで何に乗り換えたのかは、残念ながら覚えていません。
覚えているのは、とにかく時間がかかったことです。
遠かった。
やっと着いたとき、「ここは秘境だな」と思いました。
今のように新幹線で行ける時代ではなかったので、「着いた」という実感が、今よりずっと強かった気がします。

寒かった。そして、山の色がすごかった
寒かったです。
季節は、紅葉の頃。
そして、山の色がすごかった。
とにかく紅葉がすごかった。
写真が一枚もないので、うまく説明できません。
でも、あの山の色は、今も頭の中に残っています。

圧倒的な緑と、水と、秘境感
山の色だけではありません。
圧倒的な緑。
水。
そして、秘境感。
圧倒的な自然が迫ってくる感覚がありました。
この感覚は、今でも現地に行けば感じられると思います。

この谷に、水をためる施設を作った人たちのこと
景色に圧倒されながら、同時にこんなことも考えていました。
本来、いじらなくていい自然の中に、水をためる施設を作る。
それは、どういうことなんだろう。
でも、作れば、人間の生き方が変わるかもしれない。
そういう未来を、その時の人たちは見ていたのかもしれません。
その人たちは、何を目指していたんだろう。
とても気になりました。
自然が迫ってくる感覚は、現地に行けば誰でも感じられます。
でも、私が気になったのは、その自然の中で、何を目指して苦労した人たちがいたのか、ということでした。
苦労は、するべきなのか。
今も、答えは出ていません。

海に近いところへ移動して、温泉と寒ブリとビール
帰りは、もっと海に近いところまで移動しました。
場所の名前は、思い出せません。
そこで、温泉に入りました。
そして、寒ブリの走りを食べました。
寒ブリの本番ではなく、少し先走ったブリです。
でも、脂が控えめで、おいしかった。
有名な産地まで行かなくても、ブリは食べられます。
それでも、おいしかった。
そこに、ビールです。
罪悪感と、肯定感と
暖かい温泉に入って、ブリとビール。
最高です。
でも、その少し前に、あの谷を見ていました。
水をためる施設を作るために、頑張ってくれた人たちのことを考えていました。
そのギャップが、すごかったのです。
罪悪感と、肯定感が、入り混じったような感じでした。
多分、その人たちは、将来に何かを夢見て、命がけで頑張ってくれたはずです。
(これは、私の想像です。)
もし自分がその時代にいたら、「そんなに苦労しなくても、おいしいものでも食べていればいいのに」と思ったかもしれません。
でも、挑戦したい、うずうずした気持ちは、きっと持っていたはずです。
罪悪感もある。でも、肯定したい気持ちもある。
そんな気持ちのまま、ビールを飲んでいました。
次回は、2026年に全線で運行を再開した黒部峡谷のトロッコ電車について、調べたことをまとめます。
無理なく楽しむヒント
黒部峡谷は、紅葉の時期は山の中が冷え込みます。私が行ったときも寒かったので、防寒の服装で行くのがおすすめです。黒部峡谷鉄道(トロッコ電車)は全列車が定員制で、2024年から運休していた猫又〜欅平間を含む全線で、2026年10月1日から運行を再開しました。予約や運行の最新情報は、黒部峡谷鉄道の公式サイトで確認してください(詳しくは②で書きます)。今は北陸新幹線で行く方法もあり、最寄りの新幹線駅は黒部宇奈月温泉駅です。ちなみに、黒部川上流の黒部ダム(黒四ダム)は1956年に着工し、完成まで約7年かかったとされています。戦後の電力不足を背景にした工事でした(数字や経緯は公式の資料で確認を)。















